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体験談

薄い壁の苦悩~あかちゃんの泣き声問題~

私が産後に一番悩んだのは子供の泣き声問題でした。当時、集合住宅に住んでいた私は、薄い壁一枚で隔てた両隣、上下階の住民への影響を人一倍案じていました。なぜここまで敏感になっていたかというと、新婚で住む物件を探してる時に不動産屋から、子供の予定をよく聞かれたからです。
間取りを考慮しなくてはいけないので、聞いてもらっていたと思っていたのですが、そのうち気に入った物件を不動産屋に伝えると「ここの大家さんは子持ちを嫌がる」や「以前ここに住んでいた方が、子供の泣き声でクレームを受けて退去したことがある」という話をしてくれました。
いざ入居して子供をもうけた後に、そのようなトラブルが起きるのは嫌なので、予めちゃんと伝えてくれた不動産屋には感謝です。
そのような経験があったことから、世間一般には子供の泣き声に対して寛容ではない人が多いことがわかり、産後に一番気にかけていたのもそのことでした。

泣いている赤ちゃん

まずは隣近所に、子供が生まれたことを改めて報告しに行きました。会う機会がなかなかない方には、その旨の手紙を郵便受けに投函しました。事前に頭を下げておけば、その後の印象が大きく変わると思ったからです。
そのうち一世帯は、すでに子供を育てる家庭だったので快く応じてくださいました。それ以外の世帯の方も、表面上では「全然気にしないでくださいね」と笑顔でしたが、真意のほどは分かりません。同じ家賃を払っているのなら、できるだけ静かな環境を望むものです。

完全母乳で育てていたのですが、夜中に泣いたらすぐに母乳を与え、添い乳をしながら自分も眠りにつきました。それでも疳の虫が騒ぎ、何をしても夜泣きが止まらない時は、主人に協力してもらい車に乗せて近所をあてもなくドライブしました。
日中は、なるべく公園や児童会館に連れ出し、めいっぱい遊んで疲れさせ、家ではおとなしく眠れるように努めました。家の中でも、近隣の住人との部屋の間取りを考え、泣いてもなるべく響かないような場所を確保しておきました。例えば日中であれば、お風呂に入っている人は少ないでしょう 。となりのおうちと風呂場が隣り合わせだったので、泣き出したら風呂場に連れて行ってあやしたりしました。

親の世代からは「抱き癖」などを指摘されましたが、そんなことはお構いなしです。元気いっぱいに泣かせることも体の運動になるのでいいことだと思うのですが、私は数秒でも泣かせないように、すぐに子供を抱き上げてあやしました。
それは子供のためというより、隣近所を気にする自分のためでした。

私の極端な行動と考え方に、周りの人からは「考えすぎだよ」「そこまで気にしないものだよ」と言われましたが、ニュースで町内に保育園ができることを反対している住人運動などを観ると、「やっぱり世の中には、子供が嫌いな人は山ほどいるんだ」という気持ちになりました。
見兼ねた姑からは「子供が泣くなんて当たり前。生活音の一部。それをとやかく言ってくる人がいるなら、良識を疑う。」と言われました。
そう言われれば言われるほど 、私の過剰なまでの「子供を泣かせてはいけない」という思いは強くなっていきました。

強迫観念は家以外でも発揮されるようになりました。公共の乗り物の中で子供が泣き出した時は、目的の駅ではなくてもすぐに降りるようにしました。何度も時間をやり過ごしたことがあります。スーパーで泣き出してしまった時は、慌ててかごの中の商品を売り場に戻し、スーパーを後にしました。中には優しい方達が、あやしに近づいてきてくれたりすることもあります。本当にありがたいことなのですが、申し訳なさも同時にこみ上げてきて、いたたまれない気持ちになりました。
慣れた友達は、小さな子供を連れておしゃれなカフェなどに入っていました。羨ましい気持ちはありましたが、とても私には最後までゆっくり食事をできる自信がなく、子供が小さいうちは足を踏み入れることはありませんでした。
たとえ泣かずにいてくれたとしても、その空間を含めて他のお客さんは雰囲気を楽しんでいると思うので、子供がいるというだけで落ち着かなくなってしまうのではないかと、気が気ではなかったのです。いつかそのようなことを友達に話したら、「それは元々あなたが、子連れに対してそのような印象を持っていたからだ。」と指摘されました。

ある日、タクシーに乗っていた時のことです。タクシーの中で子供が泣き出したので、私は何度も運転手さんに謝っていました。運転手さんは「子供は泣くのが仕事だよ」と優しく言ってくれたのですが、なかなか泣き止まない子供の口に、とうとう私はタオルを押し込んでしまいました。それをバックミラー越しに見た運転士さんは慌てて私に「そういうことは、やめてあげて。」と言いました。私も自分で自分がとった行動に愕然としました。

その日以来、私の過剰なまでの意識や行動は少なくなりました。顔を合わせるたびに「子供うるさくないですか?」と他の住人に確認するのですが、「全然聞こえないよ」や「そんなに気にすることないんだよ。聞こえたっていいんだよ。」と言ってもらえるたび、「その言葉を信じていいのかも」と少しずつ思えるようになりました。
もしこれから子供を生んで育てていく中で、隣近所への騒音に悩む親御さんがいれば、 私のように極限までやりすぎた行動をとらないようになってほしいなと思います。心を広く持って、おおらかな気持ちでいないと自分を苦しめることになります。
常識的な範囲で近隣住人の事を思う気持ちさえあれば、 それでよかったのだと今になって思います。「いざという時は引っ越せばいいよ。」そうやって言ってくれた主人の言葉が、1番私の支えになりました。

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